祇園祭とは?京都が誇る日本三大祭り

先日祇園祭の日程や混雑についての記事を書いたのですが、祇園祭の由来やどんな意味があって行われているお祭りなのか?と言うところをかけていなかったので今回は祇園祭の由来や意味について書いて行きたいと思います。

日程の記事→祇園祭の日程と混雑

祇園祭は京都で行われている日本最大祭りの1つです。

京都に大きな鉾(ほこ)と呼ばれる神輿のようなものがこの時期には中心地である四条に登場をします。

7月1~31日まで一か月間に渡って行われるる盛大なお祭りが祇園祭で、宵山と山鉾巡行の4日間で数十万人が訪れると言われていますね。

そんな日本でも最大規模の祇園祭りについて書いて行きたいと思います。

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祇園祭とは?

祇園祭の歴史は、平安時代までさかのぼります。

平安時代前期の869年。京都では各地で疫病が流行していました。そこで人々は神泉苑に、スサノヲノミコトなど祇園の神様を迎えた神輿3基と66本の矛を立てて御霊会を行いました。

神に疫病を鎮めてもらおうとしたこの行為が祇園祭の始まりだと言われています。

室町時代になると四条室町を中心に町衆と呼ばれる豊かな商工業者が自治組織(両側町)をつくるようになり、各町ごとに山鉾を作って街中を巡行する現在のような形になっていきました。

しかし、一時期(応仁の乱や第二次大戦など)お祭りをしている場合ではないといこともあり中断している時期ももありましたが、その度に京都の街の人々の力で復興し、現在まで実に千年以上続いているお祭りとなっています。

もちろん歴史がありますので見応えも十分あります。

京都の中心で開催をされるお祭りとなっていますが、誰もが見ることができるお祭りとなっており、祇園祭の時期に合わせて日本各地だけでなく海外からもたくさんの人が京都へ訪れます。

祇園祭の山鉾巡行には稚児がいる

祇園祭に欠かせないのが「稚児(ちご)」と呼ばれている「生き神様」です。

山鉾巡行で最も注目を集める人物となっていますね。この稚児(通称がお稚児さん)が毎年1人の男の子が選抜をされ祇園祭で重要な任務を任されるのです。

鉾が練り歩く山鉾巡行の順番は毎年くじで決まっているのですが、長刀鉾だけは稚児が載ることから1番と決められています。

長刀鉾に稚児が載り、”神様の使い”とされる稚児の主な任務は「注連縄」(しめなわ)を切って、神界と人界の間にある結界を一刀両断にすることなっています。

そんな大事な任務と遂行するために、地面には足を付けないため動く場合には大人が抱き上げる。食事も女性からは受け取らない。「穢れ」として禁忌されているみたいですね。

次は祇園祭の稚児の選ばれ方などについて書いて行きたいと思います。祇園祭へ行ったら稚児を見つけてくださいね。

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